大判例

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東京地方裁判所 昭和52年(特わ)3362号 判決

主文

被告会社T産業株式会社を罰金八〇〇万円に、

被告人Sを懲役一〇月に

それぞれ処する。

被告人Sに対し、この裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告会社T産業株式会社、被告人S両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社T産業株式会社は、東京都中央区八重洲に本店を置き、建設重機の賃貸、販売等を目的とする資本金二、八〇〇万円の株式会社であり、被告人Sは、被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人Sは、被告会社の業務に関し法人税を免れあるいは法人税の還付を受けようと企て、架空修繕費を計上するなどの方法により所得を秘匿したうえ

第一  昭和四九年一月二一日から同五〇年一月二〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が九三、八一三、九四一円あつたのにかかわらず、同五〇年三月二〇日、所轄税務署において、同税務署長に対し、同事業年度における欠損金額が六〇、〇四二、八三一円で納付すべき法人税はない旨の虚偽の青色申告書である確定申告書を提出すると同時に同四八年一月二一日から同四九年一月二〇日までの事業年度における法人税相当額中二二、五五七、六一〇円の還付を請求する旨記載した欠損金の繰戻しによる還付請求書を提出し、もつて、不正の行為により同四九年一月二一日から同五〇年一月二〇日までの事業年度における法人税額三四、六三七、〇〇〇円を免れ、かつ、同五〇年六月三〇日T国税局長をして還付金二二、五五七、六一〇円を被告会社の同四八年一月二一日から同四九年一月二〇日までの事業年度の納付すべき法人税等に充当させ、もつて、不正の行為により右同額の法人税の還付を受け

第二  昭和五〇年一月二一日から同五一年一月二〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四五、六六〇、三三三円あつたのにかかわらず、同五一年三月二二日前記税務署において、同税務署長に対し、同事業年度における所得金額が一〇、一七二、〇六八円でこれに対する法人税額は一、一〇一、四〇〇円である旨の虚偽の青色申告書である確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額一五、二九六、六〇〇円と右申告税額との差額一四、一九五、二〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する当裁判所の判断)

(争点)

弁護人の主張は要するに、被告会社の昭和五〇年一月期及び昭和五一年一月期の各法人税の確定申告を行なうに際し、法令上、(1)資産の譲渡についての延払基準(法人税法六三条)の適用、(2)減価償却についての中古資産の見積耐用年数(法人税法三一条、減価償却の耐用年数等に関する省令((昭和四〇年三月三一日大蔵省令一五号))三条)の適用、(3)中小企業者等の機械の特別償却(租税特別措置法四五条の二((昭和五一年法律五号改正前のもの、以下同じ)))の適用及び(4)海外市場開拓準備金(租税特別措置法五四条((昭和五一年法律五号改正前のもの、以下同じ)))の適用を各なし得たにも拘らず、被告人S及び被告会社経理担当者らは、それらの制度の存在さえも知らないか、或いは被告会社には適用がないものと誤解していたため、それらを採用しないまま経理処理を行なつて前記の確定申告をなしたものである。若し被告会社において、右確定申告に際し、前記四つの経理方法を採用して損金算入及び益金不算入の経理処理をしてさえいれば、本件各事業年度における被告会社の所得はなく、従つて、納付すべき法人税額も零となり、かつ、昭和五〇年一月期赤字のを理由として還付を請求し得べき前期の税額も、被告会社において当時実際に還付を受けた額より大となつたであろうし、被告人S若しくは被告会社経理担当者らが右の各経理方法を採用できると知つていたら当然採用して決算を行なつたという事情が認められるのであるから、租税刑事法上の所得を算出するうえではこれを採用して計算すべきである。そうすれば、被告会社の各期とも欠損で、納付すべき税額はないから、本件では秘匿すべき所得が存在しないこととなり、逋脱犯及び受還付犯(以下単に逋脱犯という)の構成要件には該当しない。

そうだとすると、被告会社では適法な経理処理によつて各期とも納付すべき税額を零額とすることができたのであるから、国の租税債権は実質的には発生しなかつたこととなるので、被告会社の本件各確定申告については、形式的には逋脱行為に該当するとしても、実質的には国の課税権を侵害していないので、法益侵害の欠缺(実質的違法性の欠缺)というべきであり罰すべき程の違法性はないといわねばならない。

また、被告人Sは本件各事業年度の決算において、納付すべき税額が零で、被告会社に支払うべき担税力がないのに錯誤により、過大な所得があると思い込み、本件不正な逋脱行為にでたものであり、それは被告人Sにおいて被告会社の課税所得の認識に錯誤があつた結果、本件逋脱犯の構成要件的故意を欠いていたものである。

また、仮りに前記の各減算方法がいわゆる「決算調整事項」であり又「申告調整事項」であるから、右の経理処理ないし申告をしていない本件においては最早主張できないとしても、被告人S及び被告会社の経理担当者らは、右の如き減算を行ない得る経理処理の方法を知らなかつたために、被告会社の所得及び税額を過大に推定、認識する錯誤に陥り、納税資金の捻出に窮して本件所為に及んだものである。被告人Sにおいて右のような錯誤に陥つたのは、顧問税理士が右減算方法は採用できないとして処理したことにつき、被告人Sがこれを固く信じたからであり、また、右減算方法につき税務当局による適切な指導、助言、勧告が全くなかつたからである。しかも、租税法規の難解さ、複雑さ、不明確さはしばしば法専門家でも容易に理解するのが困難な実状にある。従つて、これらのすべてについて、平均的な国民がこれを認識理解することは極めて困難であることは明らかであるから、本件において、被告人らが右のごとき減算を行ない得る経理処理をなし得ることは期待できない状態にあつた。従つて、本件は適法な行為にでる期待可能性がなかつたというべきであるから、その責任は阻却されるべきである。

以上のとおり本件は、構成要件該当性、違法性及び責任のいずれの観点からしても、被告人らは無罪である旨主張する。

(判断)

そこで、当裁判所は、右の弁護人の所論に対し次のとおり判断を示すこととする。

一(一)  そもそも過少申告にかかる租税逋脱犯は、納税義務のある者が、当該事業年度に係る所得のあることを概括的にも認識しながら、逋脱の意思をもつて、ことさらに虚偽過少の申告をすることによつて成立する。

右納税義務を生ずべき所得は、申告納税制度の下に、納税義務者自身において、税法の規定に従つて、自ら計算することを要し、かつ、確定申告書を所轄税務署長に提出して租税債権債務を確定させることを原則とする(国税通則法一六条)。

ところで法人税法は、右所得の計算に際し、その計算の基礎となる事項につき、企業の内部計算によつて益金又は損金の額に算入されるべきものと規定している事項や、企業自身において確定申告に際し明細書等の添付を必要とする事項を規定している。

これは、企業内部の事項については、当該企業自身が一番良く事情を熟知しているので、企業以外の第三者がこれを認定することは適当ではないし、また可能でもないから、法は、当該企業自らの計算によつて益金又は損金の額に算入する経理処理を尊重することとし、ただ、これを全く企業の任意の計算に委ねることは、主観的、姿意的に流れる弊害も多く不適当であるから、租税法における公平負担の原則との権衡上、内部計算に係る損益については一定の手続を厳守させることとし、その限度内において企業の行なつた計算を最終的なものとして是認することとし、それ以外による計算を認めないとしているのである。法が「確定した決算において費用又は損失として経理したとき」と規定するのは、企業が決算において、これを損金として処理した場合に限り、その損金とした金額の範囲内で税法上は損金として是認するが、税法の定めた手続に違反すれば申告は否認されることを意味する。このように、決算上、一定の経理処理を必要とし決算に際し盛り込まなければ認められない事項を、いわゆる「決算調整事項」と称されている。それには、更に、申告書上に意思を明確にし必要な書類の添付まで求められるものもある。

(二)  このように、法人の確定した決算において法人自身にその経理処理をするか、更に、確定申告書上で意思を明確にさせて置かないと適用が認められなくなる事項を法が規定している趣旨は、租税公平負担の原則との権衡において、納税者の自主的な納税申告によつて租税債権債務を確定させようとする申告納税制度の本質に根ざすものである。

すなわち、法は納税者の申告によつて租税債権債務を確定させることとするが、しかしながら、企業の内部計算である内部的取引(以下内部取引という)については、対外的取引とは異なつて、専ら企業の自主的な判断に委ね、ある事項につきこれを採用するか否か、どの程度の金額を計上するか等を最も事情の熟知している企業自身にその法の範囲内において選択を委ね、或いは更に申告書上において納税者の意思を明瞭にさせ、必要な書類の添付ある場合に限つてこれを認めることとし、若し、企業において、法の要求する経理処理、或いは更に申告書上の必要な手続処理を行なつていなければ、当該規定の適用を許さないこととして、公平負担の原則の要請から、その厳格性が求められ、かつ、納税者自身にその責任を負わせ、もつて申告納税制度の実を挙げようとしているのである。

ところで、本件において弁護人の主張する(1)資産の譲渡についての延払基準の適用、(2)減価償却についての中古資産の見積耐用年数の適用、(3)中小企業者等の機械の特別償却の適用及び(4)海外市場開拓準備金の適用は、いずれも右のいわゆる「決算調整事項」に当たるものである。

それでは次に、右四個の特例規定(以下本件特例規定という)の要件及び本件において被告会社にその適用の余地があるか否かを検討してみよう。

二(一)(1) 資産の譲渡についての延払基準の適用については、「当該事業年度以後の各事業年度の確定した決算において政令で定める延払基準の方法により経理したとき」に限つて認められ、かつ、当該資産又は工事につき継続経理が要件とされており(法人税法六三条一項)、いわゆる「決算調整事項」の一つである。

〈証拠〉によれば、被告会社においては、各期とも資産(建設重機)の譲渡につき、譲渡時に販売代金全額を収益に計上するという一般的経理方法をとつていたものであり、確定した決算において政令で定められた延払基準の方法により経理処理をしていた事実は認められないので、右延払基準の適用を受けることはできないことになる。

法人税法上、収益の帰属年度については権利確定主義によることを本則とすると一般に解されているが、資産の延払条件付譲渡については、その取引の性質上、特に法が収益計上の時期につき特例として確定した決算において延払基準により経理することができるとされている。そのいずれの方法をとるかは、本来、納税者がこれを任意に選択すべきであるが、右延払基準を採用するためには、公平負担の原則との権衡上、納税者の恣意に委ねることは適当ではないから、当該法人において、これに依る所得計算が可能となる程度に確定決算において経理処理をしていることが必要である。従つて、法令で定めた延払基準の方法により経理処理されていなければ、その適用が受けられないことになる。

(2) 減価償却についての中古資産の見積耐用年数の適用については、右に依り償却費を算出するか、または一般の法定の耐用年数によるかは、当該法人において選定した償却の方法に基づく償却費として損金経理をしたか否かに係ることになる。

すなわち、「その内国法人が当該事業年度においてその償却費として損金経理をした金額のうち、その内国法人が当該資産について選定した償却の方法に基づき政令で定めるところにより計算した金額に達するまでの金額」とされ(法人税法三一条一項)、「法人がその確定した決算において費用又は損失として経理すること」(同法二条二六号)を要件とするいわゆる「決算調整事項」の一つであつて、被告会社が減価償却資産につき償却費として損金経理をした金額を超えて損金算入を認めることはできない。前掲証拠によれば、被告会社においては、減価償却につき中古資産の見積耐用年数(法人税法三一条、同法施行令五六条、減価償却の耐用年数等に関する省令三条)によつて経理をしていた事実は認められないので、右の適用はない。

(3) 中小企業者等の機械の特別償却の適用については「確定申告書等に同項に規定する償却限度額の計算に関する明細書の添付がない場合には、適用しない」と規定されており(租税特別措置法((以下措置法ともいう))四五条の二第三項、四三条二項)、右特別償却はいわゆる「決算調整事項」であるが、更に確定申告書等に右明細書の添付を要件としている。

前掲各証拠並びに確定申告書によれば、被告会社においては、確定決算による経理処理をせず、かつ、各期とも右の明細書を添付して申告をした事実は認められないので、右特別償却の適用を受けることはできない。

このように、納税者の意思が申告書上で明確にされ計算が明瞭である場合に限つて認められるのであり、措置法が特定の政策目的のために立法されたという性格に鑑みれば、確定申告書に償却限度額の計算に関する明細書の添付を要することは、単なる訓示規定ではなく効力規定と解すべきである。

(4) 海外市場開拓準備金の適用については、「損金経理の方法により海外市場開拓準備金として積み立てたとき」(措置法五四条一項)にのみ損金算入が認められ、これもいわゆる「決算調整事項」の一つであるが、前掲各証拠によれば、被告会社においては各期とも確定した決算において右準備金の積み立てを行なつて経理処理をしていた事実は認められないので、右規定の適用を受けることはできない。以上をみれば、弁護人の主張する本件特例規定はいずれもその適用を受けられないこととなる。

(二)  そのうえ、税法上の課税の繰延・軽減規定は、企業の恣意的な利益操作が行なわれやすく、そのため、租税逋脱の結果を生ずる虞れのあるところから、租税公平負担の原則の要請上、右規定については一般に厳格に解釈、適用すべきものと解するのが相当である。

更に、租税特別措置法に係る特例規定については、その制定当時における各種政策上の公益的な要請から設けられた軽減措置であるから、その解釈、適用については特に厳格になすべきであり、たとえ、右特例の適用を受け得る実質的要件が備わつていた場合であつても、当然に適用されるわけのものではなく、納税者において、同法条の定める厳格な手続的要件を履践して初めてその適用が受け得られるものと解するのが相当である。

従つて、当該企業において法の定める手続的要件を履践していなければ、軽減規定の適用は受けられないものといわなければならない。

三(一)  これに対し弁護人は、確定決算における経理処理若しくは確定申告における明確性を要件とすることは、納税者と徴税権者との間において行政法上の租税法律関係を形成する場合には、徴税上の便宜の観点からは合理性があるといえても、租税刑事事件において刑事責任の範囲を定める際にも常に妥当すべき合理性を有するとはいえない。けだし右要件が適当といえるのは、当該納税者が損金や益金の算入の有無、その程度につき自己の判断に従つた選択をすることを当然の論理的前提として、そのような納税者の選択を尊重することを適当とすることにほかならないが、何らかの事情によつて納税者が右のような選択をする余地がなかつたような場合には、その前提事実そのものが欠けているのであるから、かかる場合にまで右要件の充足を要求することは妥当ではなく、少なくとも刑事責任の分野では右の要件の充足に固執する根拠はない。自主的な判断に基づく選択を尊重するというならば、寧ろ、右の選択をする余地がなかつた事情が認められれば、確定決算主義を固執する必要は存しないといわねばならない旨主張する。

(二)  確かに租税逋脱犯における逋脱所得の算定においては、課税処分におけるような行政法上の租税法律関係の形成の場合と異つた計算がなされる場合があるが、それは、刑事犯罪としての犯罪成立要件が充足しているか否かの観点から検討されるからであつて、それを離れて課税要件を独自に解釈すべき筋合ではないから、従つて、本件においては果して被告会社、被告人Sに刑事上の責任があるかどうかの観点から右の判断をすることとなる。そして、この点については後に説示することとする。

(三)  ところで弁護人は、被告会社においては商法二八三条所定の株主総会における計算書類の承認手続は全く行なわれていず、単に、被告会社の顧問税理士が申告書とともに貸借対照表、損益計算書を作成して、直ちに被告人Sにこれを示して同人の諒承を求め、同人の押印を得て申告書を提出しただけであるから、企業の意思すなわち株主の意思は明瞭ではなく、寧ろ「確定した決算」なるものは全く存在していなかつた旨主張する。

しかしながら、法人税法が確定決算の原則(法七四条一項)を導入している所以は、課税所得については会社の最高の意思決定機関である株主総会の承認を受けた決算を基礎として計算させることにより、それが会社自身の意思として、かつ正確な所得が得られる蓋然性が高いが故であるという趣旨に鑑みれば、たとえ商法上の確定決算上の手続に依拠せず、従つて商法上は違法であるとしても、確定申告自体が、実質的に、法人の意思に基づきなされたものと認められる限り、税法上は法七四条に基づく有効な申告として扱うものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、被告人Sは、I税理士の作成した申告書につき、被告会社の代表者としてこれを了承し押印したうえ提出した事実が認められるので、これを以て、被告会社の意思に基づく申告書と認めることができる。

(四)  次に弁護人は、前掲四個の経理方法以外にも、賞与引当金(法五四条)、退職給与引当金(法五五条)、価格変動準備金(措置法五三条)等につき、もともと被告会社は、これらを採用し得たものであるが、本件においてこれを採用して所得計算をしていないのは、前掲四個の経理方法を採用するのみで既に課税所得額が零となるため敢て他の方法まで採用する必要がないからに過ぎない旨主張する。

しかしながら、これらについても、前掲経理方法と同様に、内部取引であり、法人税法上、確定決算による経理処理、及び確定申告書への明細の記載をその適用の条件としているので、叙上説示したと同様な理由により、適用がなく、また申告書上に記載のなかつたことにつきやむを得ない事情も認められないので、いずれも適用し得ないから、この点の弁護人の所論も採用しない。

(五)  (青色申告者としての税法上の特典と青色申告納税者の逋脱行為との関係)

(1) 弁護人は青色申告法人に限つて認められる特典である「中小企業者等の機械の特別償却」の適用及び「海外市場開拓準備金」の計上につき、仮に右法人において所得税を逋脱しようとする行為が青色申告制度の趣旨に反するものであり、そのような行為者に青色申告者としての税法上の特典を享受させる必要はないとしても、右の考え方が適用するのは、青色申告の特典を享受しつつあえて同制度の趣旨に反する行為をしたものに対してであり、本件は、右のような特典を全く利用しておらず、かつ錯誤の結果「所得」の圧縮を余儀なくされた事案であつて、両者の「悪性」に極端な差がある。単純に青色申告制度の趣旨に反するとして被告会社を責めるのは妥当ではなく、更に、行政法上の租税法律関係における青色申告制度の合目的性の問題を刑事法上の大原則たる罪刑法定主義と責任主義を無視して租税刑事事件に無理に持ち込むことになると非難する。

(2)  確かに、被告会社は青色申告承認にもとづく特典を利用した所得の計算をしていなかつたことは前掲各証拠に照らし明らかなところであるが、本件は叙上説示したとおり、確定決算による経理処理をしていず、確定申告書に明細書の添付もなかつたのであるから、そのことだけで弁護人の主張する経理方法は採用し得ないところである。また、被告会社の代表者である被告人Sは、前掲各証拠によれば、法人税を免れようと企て架空修繕費の計上、車両の取得価格の過大計上等による減価償却費の過大計上等により、その備付帳簿書類に内容虚偽の記載をする等の方法により所得を秘匿したうえで、ことさらに虚偽過少の申告をしたものであつて、その行為は、青色申告承認制度と根本的に相容れないものであり、税法上の特典を享受するに値する青色申告者としての資格を納税者自ら破壊する行為といい得る。従つて、そのこと自体において、青色申告法人に限つて認められる前掲特典の享受を主張することは許されないものといわなければならない(最高裁昭和四九年九月二〇日第二小法廷判決、刑集二八巻六号二九一頁参照)。そして、その理は、青色申告の特典を享受しつつあえて同制度の趣旨に反する行為に及んだ場合たると、そのような特典を全く利用しておらずして同制度の趣旨に反する行為に及んだ後に、右特典を享受すべく主張する場合たるとによつて、その差異を認めることはできないといわねばならない。けだし、両者はいずれも、適式に帳簿書類を備え付けてこれに取引を正確に記載する誠実な納税者にのみ、所得計算上の特典を与えようとする青色申告承認制度の本旨に悖るからである。

(六)  (租税刑事法における「所得」概念と、行政法上の租税法律関係における「所得」概念の差異に関する弁護人の主張)

(1) 弁護人の主張は、当時の被告会社にとつて資金繰りなどの必要から課税所得の圧縮が重要な課題であつたものであり、若し延払基準の適用等の経理方法を採用し得べきことを知つてさえいれば、当然これを採用して確定決算を行なつていたはずである。そうすれば本件における被告会社の課税所得は、四個の経理方法を採用して行なつた決算によつて算出された額をもつてすべきである。具体的には、弁護人の冒頭陳述書添付別表2中の「正当課税所得及び税額(青色申告の場合)」欄記載のとおり、各期とも零額となるから、従つて、少なくとも刑事事件としての本件における被告会社の昭和五〇年一月期及び昭和五一年一月期の両事業年度における課税所得は、被告会社が各申告期に実際に提出した確定申告書に表示した以上の金額ではなかつたものである。従つて、何ら所得は秘匿しておらず、このことは、基本的には、租税刑事法における「所得」概念は、行政法上の租税法律関係における「所得」の概念と必ずしも常に一致しなくとも良いという考え方に立脚している。

それは、行政法上の租税法律関係の形成手続と国家の刑罰権の行使の可否を決する手続とでは両者の理念に根本的な相違があり、また両法体系において「所得」の確定手続が異なつても何らそれぞれの法体系に影響を及ぼすものではないとされていることのみならず、租税逋脱犯に対しては、行政法上の租税法律関係において、すでに国家の手による制裁が予め予定され、一般予防的な観点から「所得」の秘匿を防止しようとしていることに照らせば、この種事犯に対する国家刑罰権の行使は、重加算税という行政上の課税処分だけではすませない程の悪質な事犯に対してのみ一般予防及び特別予防の観点から行使されるのが法の目的に合致するというべきである。従つて、そこにおける「所得」の概念も、単に租税法上の形式的な手段を結果的に履践していないために算入若しくは不算入が許されないというような事実を基礎にして算出されるものをもつてそれとすべきではなく、真に「悪質」な行為の定型として捉えるに足るもの、すなわち客観的にも、所得として存在し、主観的にも、行為者においてそれが存在することを認識し得たにも拘らずこれを秘匿した場合のそのものを租税刑法上の「所得」とすることが最も法の目的に合致した解釈というべきである。そうすれば、本件における被告会社の所得は、両期とも、実際に確定申告書で表示した金額を上まわるものではなかつた旨主張する。

(2) 惟うに、租税法上の課税所得概念については、「所得」なる用語がもともと経済的観念であつたとしても、税法という法に取り込まれた以上は法概念であるから、専ら法的見地に立つて把握すべきであり、それは法人税法においては法二二条によつて定立すべきものと解すべきである。しかして、過少申告にかかる租税逋脱犯においては、故意犯を本質とする以上、右法二二条によつて所得を計算する際、行為者の概括的にも認識した範囲内の正当な所得金額(実際所得金額)を算出したうえ、逋脱の意思をもつて、ことさらに虚偽過少の申告をし、税を免れたか否かの偽り不正の行為に該当する事実を認定するのである。従つて、かかる故意犯としての租税刑事犯の本質上、行政法上の租税法律関係におけるように故意、過失を問わない場合とでは必ずしも課税所得認定の範囲を同じくしない場合があるものと解するのを相当とする。けだし、刑事判決と課税処分とは、両者別個の法体系に属するので、刑事判決において行政上の納税義務と異なる判断をしても差支えないと解されるからである。

従つて、納税義務違反の発生を防止し、もつて納税の実を挙げんとする趣旨に出た行政上の措置である重加算税と、納税者の不正行為性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として科される刑事罰とは、その性質を異にするのであるから、両者を併科しても差支えない(最高裁昭和三三年四月三〇目判決民集一二巻六号九三八頁参照)ので、国家刑罰権の行使につき、重加算税の課税だけではすませない程の殊更悪質な事犯にのみ行使すべきであるとする理由は無い。しかのみならず、租税刑事犯においては、真に「悪質」な行為の定型として捉えるに足るもののみが租税刑法上の「所得」と解すべき理由も存しないのであつて、それは単に刑の量定における情状の問題として捉えれば足りる。

それでは次に、租税刑事犯としての一般的な犯罪成立要件を充足するか否かにつき争う弁護人の主張につき検討することとしよう。

四(被告人らの行為の違法性)

(一)(1)  弁護人は、法人税法一五九条一項違反の租税逋脱犯の保護法益は租税債権であり、右租税債権に対する侵害がなければ犯罪は成立しないところ、本件において被告会社が四個の所得減算項目を適用して経理処理をしていれば、被告会社の課税所得は申告所得以下となり租税の逋脱額はないから、租税債権の侵害はないこととなるので実質的違法性を欠く旨主張する。そして、本件は資産が社外に流出する経理処理などの作為は何らなされてはいないし、被告人らの行為は単に帳簿上の処理の上のことであり、客観的に評価、計算してみても同業他社並の租税は納付しているのである。

租税逋脱犯に対し刑罰を科す場合には、処罰ないし制裁を加えるに足りるもの、実質的に違法と評価されるものでなければならないところ、被告人らの本件行為には、刑罰に処する程の実質的違法性は何らないというべきであるから、違法性の観点からしても被告人らに対しては無罪である旨主張する。

(2)  惟うに申告納税制度の下にあつては、納付税額は納税者の申告により確定することを原則とするから、本件特例規定を採用しないでなした被告会社の本件各確定申告を前提にしたうえ、被告人Sの行なつた架空の経理処理を是正し、概括的にも認識した所得を基礎として法一五九条に基づき、租税刑事犯としての正当な租税債権額を確定するのである。しかして本件においては、叙上認定のとおり、逋脱税額があると認められるので、国の被告会社に対する租税債権は実質的にも発生していたことが認められる。

(二)  しかして、〈証拠〉によれば、被告人Sは租税を免れんことを企図として多数の取引先に対して内容虚偽の請求書、納品書等を作成させ、あるいは正規の請求書等を改ざんするなどして架空修繕費を計上し、減価償却費を過大に計上するなどの計画的な所得秘匿行為をなしたうえ、概括的にも所得を認識しながら、その申告が虚偽過少であることを知りつつ、逋脱の意思をもつて、ことさらに虚偽過少の申告に及び、二事業年度にわたり叙上認定のとおりの金額の法人税を逋脱して国の租税債権を侵害したことが認められるのである。

弁護人の主張は、要するにいわゆる「決算調整事項」や「申告調整事項」のような手続を採用していなかつたが、若し前記所得減算項目を適用して経理処理をしていれば、被告会社の逋脱額はなくなり租税債権の侵害は存しないこととなるから、そのことは、右調整事項の手続をしなかつた不作為を不作為が故に罰するという結果となる。租税法の保護法益たる国の租税債権は実質的なものであつて、手続採用の有無によつて変るものではなく、徴税手続の如何にかかわらず存在する租税債権であり、それを侵害したときに初めて逋脱行為も違法と評価することができるというにある。

しかしながら、叙上説示したように、法人税法は企業内部における取引については、当該企業自らの計算によつて損金又は益金の額に算入せしめることとしており、法人の確定した決算において経理処理をするか、または確定申告書上でこれを明確にしないと、その適用が認められないとしていることは、まさに、納税者の自主的な納税申告によつて租税債権を確定するという申告納税制度の本質に根ざすのである。従つて、刑法上の保護法益たる租税債権も右の意味において理解すべきであるから、前述したように、それに対する侵害が認められるので、本件所為はまさに違法であり、決して不作為を罰するという結果をまねくものでもないといわねばならない。

五(被告人らの責任について)

(一)  故意の欠缺の主張

(1) 弁護人は、被告人Sにおいて被告会社が支払うべき担税力がないのに錯誤により、過大な所得があると思いこみ、本件不正な逋脱行為にでたものであり、課税所得の認識に錯誤があつた結果、本件逋脱犯の構成要件的故意を欠いたものであり、右錯誤は「所得」に関する事実の錯誤を構成すると主張する。そして、右主張を敷延すれば、被告会社は本件事業年度において、確定申告を行なうにつき、資産の譲渡についての延払基準の適用によつて本来益金に算入しなくてもすんだ売上を益金に算入しなければならないと認識し(いわゆる「非益金性の認識」の錯誤)、又減価償却についての中古資産の見積耐用年数の適用他二つの経理方法によつて本来損金計上ができるものを錯誤によりこれができないと認識した(いわゆる「損金性の認識」の錯誤)ため、いずれも過大な所得を認識してしまつたこと、及び被告人において若し錯誤が無く、前記四個の減算方法を認識していたならば、当然にこれを取入れて経理処理をしたであろうことは明らかであり、このことは被告人Sが公正妥当な会計慣行にもとづく経理処理によつて算出さるべき被告会社の「所得」についての正確な認識を欠いていたことを示している。そして、租税逋脱犯における逋脱の認識の対象となるべき「所得」も、公正妥当な会計慣行にもとづく経理処理によつて算出される「所得」を逋脱する表象認識をもつて責任根拠としなければならないから、このような表象認識を欠いた行為に租税逋脱犯の故意の存在を認定することは許されない。被告会社としては、前記四個の減算方法を採用して「所得」を適法に圧縮できたのであるから、右減算方法を採用せずになされた被告会社の所得計算方法は公正妥当な会計処理とはいえないので、本来納付しなくても良い税金を免れた点に被告人らの処罰の実質的根拠を求めることはできない。要するに、被告人Sが前述の各減算方法を知らずに過大な所得を認識したことは、まさに「所得」の認識、即ち「逋脱所得」の認識に錯誤があつたものとして故意を阻却すると解する旨主張する。

(2) 惟うに逋脱犯は故意犯であるから、従つて、右逋脱犯が成立するためには、行為者に逋脱犯の構成要件に該当する事実の認識が必要である。そこで、その中心である納税義務、すなわち、その内容をなす所得の存在についての認識がなければならない。

しかしながら、右の認識の程度は、概括的たるを以つて足り、所得の具体的な数額までの正確な認識を必要としないし、所得算定に必要な各勘定科目につき個別的な認識を必要としないと解するのが相当である。

ところで本件は、前掲被告人Sの各質問てん末書、同各検察官調書等によれば、被告人Sにおいて、法人税を免れ或いは法人税の還付を受けようとして、架空の請求書を集め、架空修繕費を計上し、或いは減価償却費を過大に計上するなどの所得秘匿行為をなし、「この荒利を基に決算を組むとなると相当な利益が出ることが予想されるので、何とかこれを圧縮したいと思いました」(被告人Sの検察官調書)、「事業の拡張を急ぐあまり余計な経費を最少限に押えなければならないこととなり、そのため税金も最少限にとどめるため実際よりは過少の申告をして脱税してきたのです」(検察官調書)、「昭和四九年一月期、五〇年一月期及び五一年一月期のT産業の確定申告書で申告した所得金額は架空経費の計上などによつて操作した後の金額であつて実際の所得金額よりはずつと少ないものです。従つて法人税額も少なく申告し、納付してきました」(検察官調書)旨を各供述しているところからも、被告人Sは、本件各確定申告書が正しい所得を記載したものでないことを認識していながら、概括的にも所得を認識したうえで、逋脱の意思をもつて、ことさらに虚偽過少の申告に及んだ事実が認められる。従つて、被告人Sにおいて、右の意味の故意が認められる以上は、弁護人の主張する点は逋脱の意思を発生せしめるための縁由たるにとどまり、本件の動機に過ぎない。従つて、動機の如何は、逋脱犯の構成要件的故意の成立自体には何等の影響はないから、本件における故意についての錯誤とはいえないことは明らかであるといわねばならない。弁護人の所論は、被告会社において本来、税を納付しなくともよかつたにも拘らず、それを知らなかつたということを前提としているが、しかし叙上説示したとおり、被告会社には、税法上、税を納付すべき義務があるのであるから、右所論は、その前提を誤つているといえよう。

これに対し、弁護人は、被告人らにおいて当時、本件特例規定につき、これを採用できることは知らなかつたため、収益そのものがほとんどいわゆる「所得」であると錯覚していた旨主張するが、しかしながら、それは法律の不知であるし、また、右の本件特例規定のような税法上の減算規定は、通常会社経理に携わる者としてこれを知り得べき事柄に属するものである。

被告会社の経理を担当していた証人Iの当公判廷における供述によれば、右特典の適用につき不安があつたので税務署へ聞きに行つたが、会社の帳簿が完備していないし、しつかりした資料がないので自信がなく、却つてミスを指摘されるのではないかと危惧していた。税法の優遇措置はきちんとした企業会計の上にたつて初めてできると思つていたので、決算に不安感もあつた。会社の体制が充分でなかつたので、将来、経理部長が入つたら立派な資料をつくつて、それからでも遅くないと思つた。経理処理の疑問で税務署に突込まれたら、税理士の責任であるから、その意味でも万全の準備が必要と思い経理処理、申告をしなかつた旨供述している。また同人は、税務署へ相談に赴いたところ、係官から、どうせ申請するなら、しつかりした資料をもつて申請しなさいといわれた。税務調査のとき、完備した状態で調査を受けられるようにしたかつたが自信がなかつたとも供述している。

なお、証人Mも当公判廷において、被告会社の記帳の仕方、管理の頗るずさんであつた旨供述し、右Iの供述と符節している。

更に、被告人Sの検察官に対する供述調書の記載によれば、特別償却につき「税理士さんに問い合せて確認しておけば良かつたと思いますが、どうも駄目らしいという一人合点と、特別償却をしてもたいした金額にはならないだろうという気もあつてそのままにしておいた」の記載、延払条件の適用につき、「K自動車工業から車両を買い入れ、その代金を割賦の手形で払う際、未実現利益の繰延べができることは知つた……しかし、果して適用を受けることができるかどうか判らなかつたのでそのままにした」の記載や、「税理士に相談して法律上許されたいろいろな方法を利用するということをせずに、むしろ私自身のところで当期利益をどのくらいにおさえるかということを資金繰りの面から考えて金額を決め、それに見合うように架空の請求書を集めたり、翌期分の請求書の日付を改ざんして一月二〇日付になおして修繕費等にし、未払費用を立ててきたのです。そして税理士にはその結果を渡して決算書を作らせていたのです」旨の記載を総合すれば、税法の規定を知らなかつたことについて宥恕すべき相当の理由も認められないといわねばならない。

(3) なお弁護人は、租税逋脱犯における逋脱の認識の対象となるべき「所得」も、公正妥当な会計慣行にもとづく経理処理によつて算出される「所得」を逋脱する表象認識をもつて責任を問う根拠としなければならないところ、被告会社においては、前記四個の減算方法を採用して「所得」を適法に圧縮できたのであるから、右の方法も採用せずになされた被告会社の所得計算方法は公正妥当な会計処理とはいえないので、従つて、公正妥当な会計処理の基準によらない所得を前提として逋脱所得額を算定することはできない旨主張する。

しかしながら「一般に公正妥当な会計処理の基準」(法二二条四項)とは、健全な一般社会通念に照らして公正妥当と評価しうるに足るもの、すなわち健全な簿記会計の慣習をいう意味と解すべきであるから、内部取引については、法に特別の規定がない場合には、右の慣習に委ねるものという趣旨であると解される。従つて、本件のように、法律に特別の定めがあれば、寧ろ右の特例規定によつて処理すべきであつて、法の特例規定を離れて一般的な「公正妥当な会計処理の基準」によつて逋脱所得額を算定することはできない。故に、法の特例規定があるにも拘らず、その要件を履践していないために税法上その適用がないとしても、そのこと自体をもつて何ら公正妥当な会計処理の基準に反しているとはいえない。なお証人Nの当公判廷における供述によれば、本件特例規定を適用していない経理は正当な会計処理ではなく、企業会計のうちの安全性の原則に悖ると供述しているが、しかし本件は、被告会社の会計処理の仕方の当否を問うているのではなく、たとえ経理処理をしなかつたとしても、税法上、当然に本件特例規定の適用があるかどうかが問題となつているのであり、被告会社は法の規定したとおりの経理処理をしていれば特例が認められるのであるから、右証人の供述を以てしても、叙上認定を何等左右するものではない。

(二)  期待可能性の欠如の主張

(1) 弁護人は、被告会社が本来、妥当な会計処理によつて自己の担税力にふさわしい少額の納税で済ませることができるのに、前掲のように誤つた「所得」の認識に基づき、自己の担税力をはるかに超えた多額の税金を納めなければならないと錯覚し、担税力がないので納税資金が会社にストックされているはずもないから、その結果、やむなく被告人らは本件行為に出てしまつたものである。これは、若しそうしなければ担税力を超える納税を余儀なくされ、これは会社存続の危機となり、倒産をも招来しかねなかつたので、会社に勤務する多数の従業員や家族を路頭に迷わすことを避けるため、被告人Sにおいては実に万やむを得ない選択であつたし、被告人Sは前掲のとおり錯誤におちいつていたので減算規定の採否を選択する自由意思は存在しなかつた。また、顧問税理士Iは、未実現利益の繰延計算による減算方法すらある種の錯誤におちいつてできないと考えており、まして他の減算方法についても全く知らなかつた。被告人Sは同税理士が税務署法人税課に長年勤務していたことから信頼し、法人税の処理には遺漏はないものと固く信じていた。また、被告会社には所轄の税務署より再三の調査があつたが、担当係官は被告会社の非合理な会計処理を指摘し、これについて指導することは何らしなかつた。本件特例規定を採用するか否かは法人自身が決定することはできるといわれるが、しかし、租税法規の難解さ、複雑さ、不明確さは、しばしば法専門家でも容易に理解するのが困難の場合があり、特にこの運用の実際は通達が立法作用を営み、これすら頻繁に変つていることも周知の事実である。従つて、これらのすべてについて、平均的な国民がこれを認識することは極めて困難であることは明らかであるから、正確な租税法規の内容を国民に周知させることは、課税権者たる国側が解決しなければならない問題である。以上のとおり、被告人らは、真に納税者の立場に立たない税務官吏出身の税理士や、無責任な税務当局にとり囲まれて、他に選択する途を見出せぬまま本件行為に及んだものであるから、本件行為につき被告人らには適法行為に出る期待可能性がなかつたというべきであり、その責任は阻却される旨主張する。

(2) しかしながら、前掲各証拠によれば、本件は、顧問税理士及び税務当局の指導、助言等の欠如に直接に基因しているというよりも、寧ろ、被告会社の経理体制の著しい不備に問題があつたものともいえよう。

確かに、現行租税法規、就中、特例たる規定の法体裁において複雑であること、その運用において課税行政庁の「通達」によつていることが少なくなく、また、それも頻繁に変つていることは認められるが、これらの事実と、仮に顧問税理士の指導、助言等が不充分であつたことを併せ考えても、これを以て直ちに適法な行為に出ることが期待し得なかつたものということは到底できない。

租税法規のうち、所得軽減規定の特典については、叙上のように、申告納税制度のもとにおいて、公益上の必要から設けられたものであるが、一般納税者の負担公平の原則との権衡上、租税法規自体のもつ技術的性格からも、或る程度の複雑さは、右特典を享受する者にとつて必要にしてやむを得ないものともいい得る。

寧ろ、税法規が事実上、「通達」によつて運用されていることによつて生ずる問題や、他の同業者において殆んど特例の適用を受けていること、顧問税理士の指導、助言等の不充分さがあつたというような事実があれば、それは刑の量定上考慮すべき情状たるに止まるものというべきである。

更に、一般に税法の軽減規定は、その前提として一般的に担税力を認め得る程度の所得につき納税義務を法が規定したうえでの特例たる規定であるから、右特例を適用しなかつたことによつて、そのために担税力を超える納税を余儀なくされて会社倒産を招来することもない。また、納税につき延納、分納等の法的措置もあることからも、本件が被告人らにとつてやむを得ない選択であつたということもできないといわねばならない。

従つて、被告人らにおいて適法な行為に出ることが期待し得ないものとは到底いえず、故に、期待可能性がなく責任がないとする弁護人の主張は失当である。

六以上のとおり、弁護人の本件各所論はこれを検討しても、いずれも理由がないので採用できないといわねばならない。

(量刑の理由)

一弁護人の所論は、叙上説示したように量刑に当たつての情状として考慮すべきものと考えられ、被告人Sも捜査段階において、本件において問題となつた各種の所得減算の本件特例規定の適用につき、これを情状酌量として考慮して貰いたい旨申立てているので、本件につき刑の量定上これをどのように考慮すべきか、また考慮するとすれば如何なる程度において認め得るかを検討することとする。

二惟うに、特例たる規定のうち、課税の繰延規定については、これを非課税とするものではないから、適用初年度には法人の所得を軽減するとしても、次年度以降には負担がかかることとなるので、形式的には全体としてみれば不利益は無いようにもみえる。

また、本件特例規定は法律上当然には適用とならず、厳格な手続の履践が求められており、そこに申告納税制度の下における自己責任の原則の存在を深く認識する必要がある。

しかも、世の一般納税者の多くが、特例たる規定、特別措置等それ自体すら無く、相当な負担に耐えている現実を直視するとき、右規定が公益上の要請という政策上の必要から認められたものであるとしても、国民一般における公平負担の原則との権衡を考えるとき、右規定の解釈、適用には厳格性を要求されるものと解されることは叙上説示したとおりである。

被告人らは、被告会社の事業拡大に目を奪われて、資金需要の必要から本件犯行に及び納税義務という社会的責任を無視した責任は重いといわざるを得ない。

三しかしながら、他面、弁護人の主張する本件特例規定を採用していれば、被告会社の本件各事業年度の課税所得、税額が著しく軽減されることが一応は認め得るし、被告会社において、翌期以降、本件特例規定に基づく経理処理がなされ申告是認されていること、同業他社においては斯る減算規定の適用を受けていることや、本件犯行の動機をみるに、被告会社の事業の拡大に伴う資金繰りに苦慮し、顧問税理士を信頼していたために、本件特例規定の存在を知らず、そのため犯行に及んだものと認められ、特例規定を適用するための経理処理や申告さえしていれば資金繰りに苦慮しなかつたと申立てている点に、犯行の動機において、一般の租税逋脱犯と異なつて酌量の余地が全くないとはいえない。

本件は逋脱した金額につき、被告人Sの個人的な消費に使用されてはいず、しかも、同業他社が減算規定の特例の適用を受けていることは、被告会社に対してのみ一時期において右同業他社とは比較にならない程の多額の税負担を受けることとなり、そのことが企業競争力に少なからぬ影響を与え、企業の活力を著しく減殺する虞れなしとしない。それが自らの招いた責任に起因するといつても、本件は、被告人Sにおいて信を置いていた被告会社の顧問税理士Iの指導・助言等の不充分に因る面の少なくない点もまた否定し得ないところである。税理士は、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務を適正に実現する職責を有するものである(税理士法一条)。

更に、本件特例規定のうち、「中小企業者等の機械の特別償却」の適用については、昭和四九年九月一九日に国税庁直税部法人税課長の発した個別通達によつて、爾後、被告会社においても採用が可能とされるように運用されていたことが窺われる。

しかしながら、租税法律主義のもとに申告納税制度においては、法の解釈が行政庁の通達をまたなければ定まらず、執行もできないということはないのであつて、本来、「通達」は上級行政庁からその指揮下にある下級行政庁に対してのみ、その機関の所掌事務について命令又は示達するために発するものに過ぎないから(国家行政組織法一四条二項)、納税者たる国民を何等拘束するものではない。租税法は法律であり、また、申告納税制度のもとにおいて、納税者の申告によつて租税債権債務が原則として確定することを考えれば、租税法は納税者にとつて納税申告にあたつての行為規範たる面をももつ。そうだとすれば、課税要件を規定する租税実体法規は、納税者において、先ず自ら解釈して申告するものであり、若し後日において法解釈に争いがあれば、そのときは裁判へ持ち込んで決着をつけることが法治国家の構造なのである。

叙上説示したように、租税法規自体の複雑化は避けられず、或る程度はやむを得ないし、また、犯罪の成立自体については、法の不知は許さないとしても、本件に限つては、刑の量定の面において、これらを考慮することが相当とおもわれる。

次に、被告人Sは、建設業法の許可を受けているところから、仮に被告人Sに対し懲役一年以上の刑に処せられたるときは、その資格を剥奪されることにもなりかねない(建設業法八条五号、二九条)。

若し、そのような事態になれば、被告会社の実体が被告人Sを中心とする同族会社であつてみれば、再起困難となる虞れなしとせず、刑政の目的を失いかねない。

四このような面をみてくると、本件が不正還付を受けた事犯であり、申告率も低く、所得秘匿行為として取引先と通謀して内容虚偽の書類を作成させた点のみをみれば、納税という社会的義務を軽視した倫理感の欠如に対し反省を求める必要は認められるも、なお本件においては、有利な情状として考慮すべきものともおもわれる。

しかのみならず、被告会社においては、更正、重加算税等の行政上の措置も受けて現に納付中であり、本件犯行後、被告会社において経理面を改善し、再犯の虞れの窺われないこと、本件審理の模様、状況をみても、被告人らは所得秘匿行為はこれを認めて争わず、ただ、本件特例規定の適用の有無という法律論の論争にのみ終始しており、改悛の情の認められること等諸般の事情を併せ考えれば、本件は情状等に憫諒すべきものと認め、被告会社に対しては主文とおりの罰金刑を、被告人Sに対しては、同人の資格保持の必要を認め懲役一〇月をそれぞれ相当と認め、主文のとおり量刑をした次第である。

(法令の適用)

一、被告会社につき

いずれも法人税法一五九条、一六四条一項。刑法四五条前段、四八条二項。

一、被告人につき

いずれも法人税法一五九条(いずれも懲役刑選択)。刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(判示第一の罪の刑に加重)。刑法二五条一項。

一、訴訟費用につき、被告会社、被告人S両名につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条。

よつて主文のとおり判決する。

(松澤智)

別紙(一)〜(四)〈省略〉

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